| それは、
多くの人を支えたある駄菓子屋さんのお話。
私は子供の頃、引っ込み思案で友達も少なく、家庭も荒れていたこともあり、
行き場所がありませんでした。
たくさんのお菓子や貸し本がある駄菓子屋さんは、当時の私にとって、
現実を忘れるオアシスでした。
少ないお小遣いを握りしめて、いつも駄菓子屋さんに通っていました。
駄菓子屋のあばあちゃんは、いつもニコニコしながら、私を迎えてくれました。
一日10円しか買い物をしない客、利益にしたら数円にしかならない客である私を笑顔で包み込んでくれました。
そして、お金を渡すときに触れるおばあちゃんの手は、しわしわでしたが、
とても温かく、手のぬくもりを通じて心まで抱いてくれました。
雨の日も雪の日も、毎日その駄菓子屋さんに通っていました。
時を経て、ようやく友達もできはじめ、その駄菓子屋さんに毎日通うこともなくなりましたが、たまに行ったときも、
「よく来たね。お友達増えてよかったね。またいつでもおいで。私はこの店にいつもいるからね」
と言ってくれて、いつも温かく見守ってくれていました。
幼稚園児、小学生、中学生、そして大人も、お店には世代を超えて、多くの人たちが出入りしていました。
私だけでなく、多くの人にとって、その駄菓子やさんはもう一つの我が家となっていました。
そして私にとっては、自分を認めてくれる場所でもありました。
帰るべき場所を見つけた安心感が私を羽ばたかせてくれました。
あるとき、お店が休みになっていました。
12年間で一日も休んでいないお店が休みになった知らせは、またたく間に街じゅうに広がりました。
皆がおばあちゃんのことを心配していたら、その心配は現実のものとなりました。
その日、おばあちゃんが静かに旅立たれたのです。
とても静かな笑顔だったそうです。
皆が悲しみに暮れていました。
街は灯を失ったように暗くなっていきました。
その後、ご遺族の方がお店を閉める準備をはじめました。
そのとき、その町で育った大人たちが言いました。
「おばあちゃんが残してくれた灯を灯し続けたい。私たちの手でこのお店を続けよう。私たちが毎日、交代で店にいるから、ぜひ続けよう」と。
おばあちゃんのお店は、おばあちゃんが温かく見守り続けた「子供たち」に受け継がれました。
駄菓子を見ると、ふと思い出すおばあちゃんの話。
今にして思えば、私はお菓子が欲しいわけでもなく、本を読みたいわけでもなく、おばあちゃんの温かい手に触れたかったために毎日通っていたのだな・・・と思います。
そして、いつも笑顔で温かく迎えてくれるおばあちゃんの笑顔に会いに行っていたのだと思います。
私たちの街の子供たちを温かく包んでくれたおばあちゃんの笑顔は、多くの子供たちの希望の灯となって、今も私たちの心に灯っています。
「いらっしゃい」という優しい声とともに。
(『ギフト―君に贈る豊かさの知恵』(大和書房)より)
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