あなたが初めて当院を訪れたとき・・・
様々なシーンで私たちは、あなたを笑顔でおむかえします。
そのわけは、
笑顔は周りを幸せにする不思議な力があることを知っているからです。
嬉しいから笑顔になるのではありません。
笑顔をつくることで嬉しくなるのです。
日頃どんなに忙しくても、私たちは笑顔を絶やすことはありません。
しかし、
笑顔を使い切ったときは、あなたの笑顔が必要です。
あなたの笑顔と楽しい会話に触れることで、
笑顔を取り戻します。
あなたの笑顔に出会うこと、私たちの最高の幸せです。
(ある歯科医院の待合室のポスター)
「おはよう」というと目がさめる
「いただきます」というとおなかがすく
「いってきます」というとげんきにいける
「ありがとう」というときもちがいい
「ごめんなさい」というとほっとする
「おやすみなさい」というといいゆめみられる
あいさつってうれしいな
(愛知県の小学生の詩)
ある住宅設備機器のショールームにある日、一人の男性がいらっしゃいました。
接客をした女性スタッフがお話を聞いてみると、その男性は自宅用のシステムキッチンを探しにきたようなのです。
スタッフが「どのようなキッチンをお望みですか?」とお聞きしたところ、
そのお客様は、静かに語り始めました。
お客様の奥様が不治の病を宣告され、余命3ヶ月と診断されたこと。
奥様が生きている間に、一番欲しいものを贈ってあげたいと彼女に何が欲しいかを聞いたところ、奥様の答えは、
「システムキッチン」だったこと。
「気持ちのいいキッチンで、私が生きている間は、あなたに美味しいものを作ってあげたい。あなたと子供たちと一緒に、この家でお料理がしたい」
奥様の一番欲しかったものは、
宝石でも、旅行でもなく、キッチンだったのです。
奥様は、ありたい自分の存在を託せる象徴としてキッチンを選んだのです。
ピカピカのキッチンで楽しそうに料理をする奥様の姿は、家族の中にいつまでも生き続けることでしょう。
モノを所有することの幸せ。
モノを気持ちよく使うことの幸せ。
ありたい自分であることの幸せ。
様々な幸せのカタチ。
(『ハッピーエンドのつくり方』(ダイヤモンド社)より)
それは、
多くの人を支えたある駄菓子屋さんのお話。
私は子供の頃、引っ込み思案で友達も少なく、家庭も荒れていたこともあり、
行き場所がありませんでした。
たくさんのお菓子や貸し本がある駄菓子屋さんは、当時の私にとって、
現実を忘れるオアシスでした。
少ないお小遣いを握りしめて、いつも駄菓子屋さんに通っていました。
駄菓子屋のあばあちゃんは、いつもニコニコしながら、私を迎えてくれました。
一日10円しか買い物をしない客、利益にしたら数円にしかならない客である私を笑顔で包み込んでくれました。
そして、お金を渡すときに触れるおばあちゃんの手は、しわしわでしたが、
とても温かく、手のぬくもりを通じて心まで抱いてくれました。
雨の日も雪の日も、毎日その駄菓子屋さんに通っていました。
時を経て、ようやく友達もできはじめ、その駄菓子屋さんに毎日通うこともなくなりましたが、たまに行ったときも、
「よく来たね。お友達増えてよかったね。またいつでもおいで。私はこの店にいつもいるからね」
と言ってくれて、いつも温かく見守ってくれていました。
幼稚園児、小学生、中学生、そして大人も、お店には世代を超えて、多くの人たちが出入りしていました。
私だけでなく、多くの人にとって、その駄菓子やさんはもう一つの我が家となっていました。
そして私にとっては、自分を認めてくれる場所でもありました。 帰るべき場所を見つけた安心感が私を羽ばたかせてくれました。
あるとき、お店が休みになっていました。
12年間で一日も休んでいないお店が休みになった知らせは、またたく間に街じゅうに広がりました。
皆がおばあちゃんのことを心配していたら、その心配は現実のものとなりました。
その日、おばあちゃんが静かに旅立たれたのです。
とても静かな笑顔だったそうです。
皆が悲しみに暮れていました。
街は灯を失ったように暗くなっていきました。
その後、ご遺族の方がお店を閉める準備をはじめました。
そのとき、その町で育った大人たちが言いました。
「おばあちゃんが残してくれた灯を灯し続けたい。私たちの手でこのお店を続けよう。私たちが毎日、交代で店にいるから、ぜひ続けよう」と。
おばあちゃんのお店は、おばあちゃんが温かく見守り続けた「子供たち」に受け継がれました。
駄菓子を見ると、ふと思い出すおばあちゃんの話。
今にして思えば、私はお菓子が欲しいわけでもなく、本を読みたいわけでもなく、おばあちゃんの温かい手に触れたかったために毎日通っていたのだな・・・と思います。
そして、いつも笑顔で温かく迎えてくれるおばあちゃんの笑顔に会いに行っていたのだと思います。
私たちの街の子供たちを温かく包んでくれたおばあちゃんの笑顔は、多くの子供たちの希望の灯となって、今も私たちの心に灯っています。
「いらっしゃい」という優しい声とともに。
(『ギフト―君に贈る豊かさの知恵』(大和書房)より)
社員30名ぐらいの会社を訪問していたときのことでした。
この会社、最初に担当部長に言われたのが、
「訪問してもいいが、中にはいってきたらダメ!玄関のカウンターまで…」
という厳しい注文。
営業マンは、話せないと仕事にならない。
そこで、考えた方法論。
話せないんだったら、違う方法で話してみよう。
言葉は耳から入る。
でも、目からも入る。
そう、「ニュースレター」を作ったんです。
自分なりに工夫して、色んな話題を載せました。
毎日毎日、話す事もなく、ひたすら会社のカウンターに置く。
そうこうしている内に、小さな変化が現れてきました。
ある日、会社の中から事務員の女の子が手を振っているんです。
「中にどうぞ」って言うんです。
中には入ってはいけないという部長様のお達し。
それでも、
「大丈夫だから」。
中に入るとコーヒーが入れてありました。
「どうしてですか?」って聞いても教えてくれない。
笑うだけ…。
みんな会話してくれないので、「ごちそうさまでした」とだけ言ってその日は帰りました。
そこから、何かが変わると想い楽しみな次の日。
何も変わらないんです。
誰も無反応。
期待した自分がバカだった。
気を取り直し、またいつものように毎日、訪問しました。
それから数ヶ月過ぎた頃でしょうか、また前みたいに事務員が中から手を振っている。
中に入ると、私の弁当が置いてあるんです。
今まで、社員の人たちとは挨拶程度で、話なんてした事ありません。
コーヒーを一杯ご馳走が、時間が立っていきなり弁当です。
女子社員が理由を教えてくれました。
「部長が、彼(私)がニュースレターを毎日持って来ている」
「それが、50枚になったらコーヒーをご馳走してあげなさい」
「そして、100枚になったら弁当を出してあげなさい」
それを聞いた時、何も言えなかったですね。
また、人のぬくもりを教えてもらいました。
その後、食事をしながら女子社員が、「主人の保険の相談に乗って欲しい」というきっかけから、この会社では、なんと5件契約が出来ました。
(『共感力』(大和書房)より)
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